開業と税金① 給与とは異なる「事業」の税金計算のしくみ

1 はじめに

私は確定申告の時期に青色申告会や税務署で記帳指導を行っておりましたが毎年かならず「去年開業したんですけどどうすればいいですか」という方が何人かいらっしゃいます。とりあえず開業したら翌年に確定申告が必要だということは知っているけどそれ以外に具体的なことは分からないという方が意外と多いです。
お話を聞いていると開業の時期を調整すれば税金を安くできたであろう事例や開業前に税金面での準備をちゃんとしていれば税金を安くできたであろう事例がありました。
そこで今年開業した、あるいはこれから開業を考えている方を対象に開業したら税金がどのようになるか、どのような手続きが必要かなどについて3回に分けてお伝えします。
なるべく専門用語や厳密な話を極力避けて一般の方がイメージしやすいようにお伝えしようと思います。
今回は給与の所得税計算について触れつつ事業についての所得税計算のしくみをお伝えします。

2 給与についての所得税計算のしくみ

事業の所得税計算についてお話する前に会社員やアルバイトの所得税計算のしくみを説明します。大多数の方になじみのある給与についての所得税計算のしくみをあらためてみることで事業の所得税計算との違いについての理解が深まるかと思います。興味のない方は読み飛ばしてください。
会社員やアルバイトの人は会社から毎月給与の支給を受けますが、会社は給与を支給する際に給与の額に応じて所得税を控除します。この控除のことを源泉徴収といいます。
また、年末調整により1月から12月までの1年間の給与総額から原則として一義的に決まる給与所得についての所得税額を計算します
そして、この給与所得についての所得税額から1月から12月までの1年間に給与から源泉徴収された所得税の合計額を差し引いてマイナスになった場合にはマイナス分が還付され、プラスになった場合には会社が12月に支給する給与からプラス分を源泉徴収します。


給与以外に収入がない場合には、基本的にこの一連の流れで所得税の納税義務が完結します。
ただし、他に収入がある場合や給与収入が2,000万円を超える場合には原則として翌年2月16日から3月15日までの間に確定申告が必要となります。
なお、年末調整しなかったけれど給与収入が少ない場合やふるさと納税や医療費などがある場合に確定申告することで税金が還付されることがありますが、こちらは義務ではなく権利行使の意味合いがあります。


3 事業についての所得税計算のしくみ

(1)確定申告により納税義務を完結
事業の収入については一部例外はあるものの基本的には給与のような源泉徴収はありませんし、年末調整のように納税義務を完結させる仕組みもありません。
納税義務を完結させるために1年間の事業の収入について原則として翌年2月16日から3月15日までに確定申告をして税務署に税金を納付する必要があります。
なお、事業の収入以外に収入があればそちらもまとめて確定申告することになります。
(2)所得計算
給与の場合には給与総額から所得が計算されますが、事業の場合には収入から一義的に所得が計算されるわけではなく、下記の計算式により所得が計算されます。
事業の所得=事業の収入ー事業にかかった経費
収入は物品販売なら物品を相手方に渡した日、サービスならサービス完了した日に収入を計上します。現金売上なら分かりやすいですが、掛売上だといつの収入かが問題となることもあり簡単ではありません。
また、経費は事業のために負担した金額を全て計上できるわけではなく、所得税のルールにそって計上しなければならないので、こちらは収入以上に難しいと思います。
収入と経費については専門家に相談することが必要となりますので内容の説明は省略します。
(3)損益通算と繰越控除
(2)の計算式をご覧いただければ分かりますが、事業の収入よりも事業にかかった経費の方が大きければ事業の所得は赤字になります。この赤字は給与所得などの他の所得と相殺することができます。これを損益通算といいます。
損益通算してもなお事業の所得の赤字が残る、他の所得がないので事業の所得の赤字がそのまま残る、という場合には青色申告をすれば翌年以後3年間にわたって損益通算と同じように所得から相殺することができます。これを純損失の繰越控除といいます。純損失の繰越控除に限らず、青色申告する場合にはに所得税の計算で有利になるルールが設定されています。青色申告については次回以後にお伝えします。

4 所得税における事業とは?

2で事業についての所得税計算のしくみをお伝えしましたが、所得税において事業は副業などの業務とは区別されています。所得税における事業に当てはまると副業などの業務と比べて所得税の計算上有利なルールが適用されます。そこで所得税における事業の意味について事業の形態別にみてみましょう。
(1)不動産の貸付
不動産の貸付における事業と言えるためには以下のいずれかに当てはまる必要があります。
①貸間、アパートの場合⇒10室以上貸し付けていること
②独立した家屋の場合⇒5棟以上貸し付けていること
(2)上記以外
不動産の貸付以外の形態では以下の2つの要件が必要と考えられます。
事業に関して帳簿書類の作成をしていること
国税庁が副業などの業務と区別する基準として示しているものです。帳簿書類については次回以後お伝えします。
②継続的に安定した利益を得ること
これは判例などで示されており、自営業として生計を立てられる程度に継続して利益を得ることが重要です。
開業時は利益がマイナスになるかもしれませんが、事業が軌道に乗ったら生計を立てられるようになるという予測が立つレベルであることは必要です。
※公営ギャンブルや証券投資などは安定性の観点から事業としては認めらないようです。
(3)(1)と(2)に当てはまらない場合
社会通念上事業と言えるかどうかで判断することが示されていますが、何が社会通念上事業と言えるかの明確な基準はなく個別具体的な事情を考慮した判断になります。

5 おわりに~税金の面から開業の時期を考える

(1)損益通算を考慮して開業の時期などを調整することも可能
開業すると最初のうちは収入より経費のほうが多くなりがちです。そのため1年目は事業の所得が赤字になることが想定されます。ただし、年の中途まで支給された給与があれば給与所得と赤字の事業の所得を3(3)でお伝えした損益通算により所得を減らすことができます。給与所得との損益通算を考慮して会社退職の時期や開業の時期を考慮しても良いかもしれません。
(2)事業の収入については事務手続が必要
開業にあたっては税務署への書類提出が必要となりますし、毎年の確定申告も必要です。また、事業の所得を求めるために帳簿書類を毎年作成する必要があります。これらの事務手続については次回以後お伝えします。
(3)開業にあたっての税理士への相談
開業すると確定申告以外に考えなくてはいけないことが多いと思われる方が多いかと思います。できれば開業前に税理士に相談するのが望ましいです。しかし、大多数の税理士は法人や個人事業主と顧問契約を締結しており、開業の相談も長い付き合いを前提にしたものとなるかもしれません。これに対して当事務所は顧問契約を締結しておらず単発の相談をメインとし、単発の事務処理にも対応するというスタンスをとっております。そのため当事務所であれば気軽にご相談いただけるかもしれません。気になった方は当事務所のオンライン一般相談にてご相談ください。